「おはようございます。お加減いかがですか?痛みはなかったですか?お熱はかりましょうね」。朝の看護師の仕事がはじまる。糸魚川総合病院第三病棟。内科疾患の治療を目的に多くの患者さんが入院されている。病棟の特徴から、寝たきりや歩けない患者さんが過半数を占める。重症者の受け入れも多く、業務の多くは、人工呼吸器をはじめとした各種器機を用いた治療、先進的ながん治療を行うことによるその援助など高度な医療技術を要することが多い。しかし、それだけではない。患者さんの清潔を保つために行われること。体を拭いたり入浴の介助、歯を磨いたり髭を剃ったりという整容。おむつの交換、排泄の介助も当たり前のことながら重要な仕事だ。「○○さん、お顔の色がいいですよ。さあ、ちょっと体の向きを変えさせてくださいね」声がなく目を閉じたままの患者さん。(頼むよ)心の中ではいつもの看護師をわかっているに違いない。
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ここには、毎年数名の新人看護師が配属される。一年間はプリセプター(指導者)が付き看護技術のノウハウを教える。新人達の最初の一年は只々必死だ。看護学校で習ってきたこと、経験したことが、即、実践にはつながらないことを痛感する。何故なら、自分がお世話する方は、はるかに自分達より人生経験が豊富で、しかも一人一人異なった考えを持つ個性のある人間だからだ。その患者さん達の思わぬ言葉や質問に行き詰まることも多い。当初は、プリセプター達と一緒に動く新人達も、やがて、独り立ちの時期を迎え担当患者さんが決められる。どんな疾患を持つ患者さんであろうとその一人との関わりに全力を尽すのだ。
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入院されてきたある患者さん。当初は歩行も出来、食事も一人で摂取することができた。しかし、病状はみるみる悪化し、食事も進まず、遂にはベッド上で天井を見るだけの生活になった。担当看護師は毎日声をかける。「ご気分はいかがですか?」「眠れましたか?」「辛いことはないですか?」最初は一生懸命答えていた患者さんも次第に苛立ちを露にする。「いいわけないだろう」「毎日同じことを聞かないでくれ」やがて寡黙になり返事をしてくれないことも。
看護師は、入院当初より患者さん一人一人に看護計画を立てている。疾患や患者さんの生活行動や性格などを加味しながら、少しでも早く回復を図るために行動するのだ。しかし、病状や患者さんをとりまく状況によってその都度計画の変更を行う。患者さんに、感情をぶつけられ拒否された看護師はひどく落ち込む。患者さんの心の動きが理屈ではわかっていても、患者さんに一番近い自分に向けられると、どうして対処していいか迷う。
しかし、看護は一人で行うものではない。医師を含むチームで患者さんを看るのだ。多くの看護スタッフ達とカンファレンスを行い、情報を得て、今一番患者さんにとって必要なことは何なのかを明らかにし、時には、ご家族の協力も得ながらプランを立て直し次の看護へと進む。
担当看護師は、へし折れそうな心を奮い立たせ訪室する。「一緒に頑張ってみませんか?」粘り強い働きかけが次第に患者さんの心を動かし笑顔を見せてくれるようになった。嬉しい!徐々に病状は好転。元気に退院の日を迎えた。
後に担当看護師は言った。「あの時逃げなくてよかった」。
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看護の仕事とは何だろう。必要な医療の提供だろうか。心地よい環境作りだろうか。確かにそれらも大切だろう。しかし一番大切なこと。それは患者さんに生きる希望を与えること。「自分は頑張れる」と思う心をしっかり持ち続けて頂くことなのだと思う。
看護師も人間。家に帰ると動けないくらいぐったりすることも。それでも、この仕事を続けるのは人間が好きだからだ。人の役に立つことの素晴らしさ、何より命の尊さを知っている。そして、それを教えてくださるのは患者さん達であることを、皆、身をもって知っている。
再び三病棟。せめてもの朝の化粧は汗ですぐに流れ落ちてしまう。「分身の術を使いたいわ」「足がもう少し長かったらもっと速く動けるのに」。看護師には、ユーモアとへこたれない心も必要らしい。
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(杉ノ上) |
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