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たけし軍団で外国人タレントとして話題を提供していたゾマホンさん(ベナン共和国出身)が、娘の友人として糸魚川に訪れたのは、もう十年以上になるのでしょうか。
山も川も海もこんなに近くにありとても素敵なところだと喜んでいた彼。そんな彼が突然言いました。「カトウさん、父母はまだおいでですか? 今の日本の若い方たちは、特に都会に住んでいて私の見る人たちの中には親御さん、ご先祖様を大切にする人が少ないですね」の一言。アフリカの初めて知った若者からの言葉に、ふと私はとまどいを覚えました。 |
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40数年前の母がこの世から去った日のことを…、「先生! 母はまだ生きていませんか? こんなに温かい身体をしています」と、私たち家族は泣きながら声をあげました。「しかし、脳にはもう30分以上も血液がながれていないのですよ。残念ながら…」と言われたときの悲しさを思い出しました。
当時まだペースメーカーを入れる人が少なく、それでもと二年程かけてやっとペースメーカーにもなじみ、喜んで家で養生していたときです。闘病生活もやっと終わり、「これからは、孫の子守りをしながら旅行でもしようか」と喜んでいた母。私たち夫婦の一番の理解者だった母、五人の娘を産み、私が男だったら、末の妹が男だったらと愚痴をこぼしていました。
父母の願いは分かるけど、私は小さなカバンに着替えをぎゅうぎゅうにつめて夫のもとに旅立ったのです。母が何も言わず駅のホームまで送ってくれました。あのときの母親の気持ちはどんなだったでしょうか? 4人の子供を持つ母親になった私ですが、今も押し測ることができません。 |
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夫とともに糸魚川に戻り、45年になるでしょうか…。私にも病が訪れました。転倒による脳梗塞でした。その他、高血圧、高血糖もあり糸魚川総合病院に入院、退院後、老健なでしこの通所に通い4年になります。 通所のスタッフは明るく、心やさしい人たちで、頭の先から足の先まで世話や見守りをしてくれます。今日は通所の日となると、朝からソワソワ、ウキウキしている私です。子供のころ覚えていた糸魚川、新幹線の工事とあわせ街並みは変わり素晴らしい町になりそうです。
これから、夫の助けを受け早く元気になり、新幹線であちこち旅行をしたい私です。 |
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