2002年7月、職場の牧場の斜面で、ショベルカーを操作していた時だった。「傾いて倒れる!」と運転席から飛び降りようと身を投げ出した。
「あぁっ!」と思った瞬間、フラッシュバックの映像のごとくショベルカーの籠の先端が左腰骨に当たって体は斜面に落ちた。
ショベルカーはゴロゴロと谷底まで落ちていく。左足の感覚がない。動いてはいけないと感じた。職場の同僚が見つけ、40分後には救急車で長岡中央綜合病院に着いた。
診断は左股関節破裂、左大腿骨脱臼骨折。骨盤は3カ所折れているほかヒビもいくつか入っていたが、大量出血になっていないことで意識を失わなかったと言われた。
さてこの破裂した股関節の治療入院は、2005年3月まで、3回入院した。全身麻酔での手術を13回、腰から左足までのギブスの巻き替えを10回のほか、局所麻酔の手術を含め合計26回、手術室のお世話になった。耐性ブドウ球菌が骨盤に巣くい、それを除くための手術を数多く繰り返した。結果は、この菌を除き切れず今も共生している。
この足かけ3年の入院期間に身をもって体験したこと。それは、痛みやシビレといった現象は、「自身の想念の中で作りだされる」という発見だった。
もちろん絶対的な痛みやシビレは、今現在でもそれなりにある。しかし、それをどう受け止めるかは、自分の思いの中にある。「痛い、つらい、気になる」と思い続ければ、ますます痛みは増し、切なさとなる。痛くて眠れない辛い日々。特に夜になると強く感じ、睡眠薬を処方してもらった入院初期は大変だった。
そんな自分が入院も長期になり、6人部屋の最古参。他の入院患者さんや看護師の方々の仕事振りなどを観察できるようになったころ、この自分の現実を受け入れる心が芽生えた。人と話をしている時は痛みを感じないことに気づいた。
この体験から、痛みに苦しむ同室の方々が少しでも楽になればと、その人の話を引き出すようにしていった。
特にお年寄りの方とは戦争体験を中心に昔の話を聞くようにした。あまりに盛り上がり、「お前さんはどこの部隊に所属していたのか」と尋ねられたこともあった。
この原稿を書くにあたり当時の日記を見返すと、懐かしく思い出される。
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