男の35歳といえば、体力もあり仕事の上でも一番エネルギッシュに活躍できる年ごろでした。仕事をこなすことがおもしろくて、健康診断などというものは、まだまだ年齢的にも無関係のものと思っていたのですが、年一回の社員検診で「淡白尿が出ていますね」と言われました。

 せいぜい過労が原因で、暇になればそのうちに治るだろうと高を括っていたのですが、何年経っても一向に改善することなく、ある年の検診結果には、「専門医に受診するように」と書かれてしまいました。自覚症状がなかったためか、仕事にかまけて受診もつい後回しになっていました。

 42歳のある朝、布団の中で目は覚めているものの、体が重く、だるく起き上がることができないのです。こんな症状は、今までにない初めての経験で、自分でもいつもと違う危機感を感じたことは、今でも鮮明に記憶しています。すぐに豊栄病院で受診、検査結果は「慢性腎炎」の診断を受けてしまいました。

 その時の先生の説明では、「この状態が進むと、あと10年くらいで人工透析になるでしょう。なるべく導入が遅くなるように頑張りましょう」

 先生からその言葉を聞かされたときは、かなりのショックを受けたことは確かで、非常に複雑で何とも言えない心境でした…。それからちょうど10年過ぎ予測通り透析導入になってしまいました。心の準備ができていたせいか、自分自身のことより先生の推測の正確さに驚かされてしまいました。

 人工透析が始まり早いもので、すでに5年8カ月も過ぎ、先生やスタッフのお世話になりながら、人並みに生活できることに感謝し、毎日の生活を大事にしています。

 他人からは、週3回の透析は大変ですねと言われますが、「透析になった以上、病気と仲良く付き合っていきますよ」と軽く流しています。元来、くよくよしない性格のせいか、病気になったことを割り切っています。むしろ透析に掛かる四時間は、今まで精一杯頑張って仕事をして来たのだから、「ゆっくり休みなさい」と神様が言ってくれたのだろうと解釈しています。透析を受ける前までは、仕事に追われ、ゆっくりと本を読む時間などなかった生活でしたが、今ではお陰さまで、本もゆっくり読む事もでき、生活にゆとりを感じるようになりました。

 最近では、来月の11月7日朱鷺メッセ会場で行われる「愛・天地人検定」を受験するための勉強に透析の時間を使っている今日この頃です