私が慢性腎不全になったのは、40代後半の人間ドックで、尿に潜血があり精密検査必要と診断され、村上総合病院で精密検査を受けましたが、慢性腎不全の診断が出るまで約一年掛かりました。

 当時、村上総合病院には腎臓の専門医がいなく、県立坂町病院の腎臓専門医の指導のもとで、運動制限、低タンパク、低塩分などの食事療法で腎臓の悪化を食い止める努力をしました。しかし、とうとう平成九年三月にクレアチニンの数値が悪化し、シャントを作ることになり入院しました。シャントができあがるとほぼ同時の四月に血液透析導入となりました。入院中は、今後の人生どうなるのか、悩みに悩み苦しみました。

 当時は、単身赴任が大部分で家庭を顧みず、仕事一筋の仕事人間でした。自分の気持ちの整理が着くまでには、退院後約三カ月程度かかりました。仕事中心から血液透析を中心への生活設計の立て直しがようやくできました。そこで自分にとって一番大事なのが妻や家族だと悟り、その後は家族中心の生活をすることにしました。

 そして、平成10年8月に村上総合病院に透析センターが開設されるのと同時に転院し、主治医の先生の変更とともに、運動制限から、運動療法への治療方針転換になり現在に至っています。

 65歳の現在も週3回の夜間透析を行いながら、八時から十七時まで会社に勤務しています。
 透析に負けない体力作りのため、昼休みの45分の早足歩行、透析日以外の日、朝日きれい館(温水プール)での水中歩行、サウナでの汗流しなどを二時間程度行い、体力の持続に努めています。

 なお、妻と一緒に春から秋に掛けてはトレッキング、冬はスキー、また一年に2回以上の国内旅行を実施し、今までにできなかった家庭サービス中心の生活を楽しんでいます。

 食事で注意していることは、カリウムやリンの摂取を少なくするため、果物は朝食後にほんの少し食べ、リンの多い牛乳やヨーグルトは食べないようにしています。それでも毎月の血液検査でリンの値が高くなりがちで、先生から注意を受けています。

 平成14年、村上総合病院に腎友会が発足し、同時に会長職を仰せつかり、現在では腎友会と透析センタースタッフとの勉強会や県の総会、役員会などに参加するとともに、募金活動や署名活動などにも取り組んでいます。