「生者必滅の理。人はいつかは死ぬ、それが運命。されどまだまだ生きたい。“遅老、遅死”がわが信条だったはずだが、もう手遅れかも(いや、そんなことは無い、絶対無い!)。まだまだこの生命、終わる訳にはいかない」(平成19年8月26日、午前7時 魚沼病院第一病棟205号室にて)―この文章は私が胃の全摘出手術を3日後に控え、揺れ動く心情を綴ったものだ。
通算22回目の人間ドックで胃に異常を発見、要精密検査の印を押された翌日に魚沼病院に駆け込む。胃カメラ検査の結果、「進行性胃がん」の宣告をされる。
現在術後7カ月余、幸い天国行きの切符を手にせず無事に地上生還を果たし、快適な日常生活に戻れたことを本当にありがたいと思っている。
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同居している小学生の孫が、柏崎アクアクラブの水球チームに所属しているため、週4日、学校が終わると小国から柏崎までのアッシー君は私の役目だ。北信越の予選で連覇を果たし、岡山県倉敷市でのジュニアオリンピック全国大会の出場が決定したが、くしくも全国大会出発の日と入院の日が重なって、それぞれの戦場に赴いた。予選・決勝リーグを順調に進み、私の手術日には準決勝、翌日は決勝戦で勝利し初の全国制覇を果たすというドラマチックな展開であった。
術後2週間で退院した私は、その2日後から片道40分のアッシー君となっている。生還を果たした私の最大の役割であり、生きがいなのだ。 |
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その孫が書いた夏休みの宿題の作文が目に留まった。タイトルは「病は気から」と書かれていた。
「おじいちゃんは退院して家に帰って、夜ご飯を食べている時『朋(孫の名前)があそこまでいったからジジは今生きているんだ』と言いました。病は気からというのは本当なんだと思いました。」(作文の締めくくり部分) 原稿用紙五枚のこの作文はわが「斗癌記」と一緒にして、私の宝物として保存している。
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入院中面会室で「そよ風」と患者会すくらむの会の会員募集チラシを目にした。そよ風に私の手術を担当していただいた加藤崇医師が紹介されていた。記事を読んで、その人柄やポリシーに接することができ、手術前日に先生から説明を受けた時「私の命、加藤先生にお任せします」と言ったのが脳裏に鮮明だ。
すくらむの会には退院の日に自ら進んで入会を申し込んだ。今年2月発行の会報の新会員自己紹介欄に「今年は子年、6周り目の年男です。去年8月末、進行性胃がんの宣告を受け、胃全摘出手術をして早や半年、今年快適な日常生活ができ、加藤医師をはじめ魚沼病院の外科スタッフの皆さんに感謝、感謝!」と書いた。
病と闘う仲間がしっかりと手を結び合って頑張る。大切なことだ。入会から何回かの催しがあったが、全てに出席している。この仲間の輪をもっと広げたい。ともあれ私は「ピンピンコロリ」。達者で元気でボケずに寝たきりにならずに、あの世にいく際にはコロリといきたい。のんびりゆったりと私のこれからの人生を歩んでいくつもりだ。私の人生まだまだこれからだ。
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